企業の健康経営が進む中で、「食育」は改めて注目されるテーマとなっています。これまでの食育は、子どもや家庭を中心とした教育の文脈で語られることが多くありましたが、近年では働く世代=大人に向けた食育の重要性が、国の施策や企業の実践を通じて明確になってきました。
特に注目されているのが、社員が“体験する”食育、そして農業体験や料理教室やワークショップなど“実践型”の取り組みです。なぜ今、『体験型の食育』が企業で求められているのでしょうか。
大人の食育において「体験」が重視される理由
大人の食育において最も重要なのは、「正しい知識を知ること」そのものではありません。
知識をきっかけに自分ごととして捉え、日常の行動に落とし込めるかどうかが、最大のポイントです。
セミナーや講座による情報提供は、食への関心を高めたり、これまでの食生活を振り返る“きっかけ”として非常に有効です。一方で、知識だけでは行動が変わりにくいというのも、大人の食育における現実です。
そこで重要になるのが「体験」なのです。

・実際に野菜に触れる
・作り手の話を聞く
・食材が育つ過程を知る
・五感を使って食を感じる
こうした体験は、知識を感覚と結びつけ、「理解」から「納得」へと変えていきます。
大人の食育では、知る → 体験する → 行動が変わるという流れをつくることが不可欠なのです。
企業で広がる食育体験・農業体験の取り組み
近年、企業内での食育体験や農業体験は、さまざまな形で実践されています。
社内イベントとしての食育体験
社員向けに、旬の食材や四季をテーマにした体験型イベントを実施する企業が増えています。日本の伝統行事のほか、旬の野菜の食べ比べや調理体験、食材の背景を学ぶミニレクチャーなど、楽しさと学びを組み合わせた形式が特徴です。
こうした取り組みは、堅苦しい研修とは異なり、参加のハードルが低く、社員同士のコミュニケーション促進にもつながります。

農業体験・産地体験の導入
実際に畑を訪れ、収穫や農作業を体験する農業体験も注目されています。普段スーパーで目にする野菜が、どのような環境で育てられているのかを知ることで、食材への見方が大きく変わります。
野菜はどのように実っているのか、畑でどうやって育てられているのか、農家さんのこだわりや大変な点、収穫の仕方や収穫後の保存の仕方など、直に触れることで心が動かされます。
農業体験は、単なるレクリエーションではなく、「食の背景」を理解するための非常に有効な食育の機会です。

【事例】体験が社員の食行動を変えたケース
体験型の食育に取り組んだ企業からは、次のような変化が報告されています。
・野菜を選ぶ意識が高まった
・食事のバランスを考えるようになった
・家庭での食事内容が変わった
・家族との会話に「食」の話題が増えた
特に多いのが、「これまで野菜を意識していなかった社員が、自然と手に取るようになった」という声です。
これは、知識を押し付けた結果ではなく、体験を通して“選びたくなる状態”が生まれた結果だといえます。
大人の食育では、強制や指導よりも、「気づき」と「納得」が行動を変えていきます。
体験を「一過性」で終わらせないために重要なこと
体験型の食育で注意すべき点は、「単発のイベントだけで終わらせない」ことです。どれだけ良い体験をしても、日常に戻ったときに環境が整っていなければ、行動は元に戻ってしまいます。
そこで重要になるのが、職場の食環境の設計です。
次のような点をチェックしてみましょう。
✓野菜を手に取りやすい環境があるか?
✓健康的な選択肢が日常的に提供されているか?
✓無理なく続けられる仕組みがあるか?
✓継続的な情報発信・きっかけ作りの機会があるか?
体験は“意識を動かす役割”、環境は“行動を支える役割”を担います。体験は社員の「気づき」や「納得」を生み出し、環境はその意識変化を日常の行動へと定着させます。この2つが組み合わさることで、大人の食育は定着していくわけです。
職場でできる「体験×環境」の具体例
企業が取り組みやすい形として、以下のような実践があります。
従業員の自宅に旬の野菜が届く仕組みをつくる
自宅に旬の野菜を届けることで、実践につながります。家族と一緒に野菜を食べることになるので、その後も継続的に食生活が変わる可能性が高まります。なかなか野菜を買わない単身者も、届けられれば野菜を食べるきっかけを作ることができるでしょう。
野菜マルシェなど社内で野菜購入ができる機会を設ける
社内に野菜が並ぶポップアップマルシェを開催します。普段PCやデスクが並ぶ空間に採れたての野菜が並ぶことで、インパクトが非常に強い施策になります。福利厚生の価格で購入できると、従業員満足度も非常に高まります。
体験イベントと日常の食環境を連動させる
一過性のイベントで終わらせない工夫として、食堂での野菜小鉢の提供など環境を整えることも重要です。「今日はみんなでトマトを食べましょう」など発信し続けていくことも大切です。
食に関する情報を“見える化”し“エンタメ化”する
例えば食に関する測定器を設置したり、それをゲーム化するのも良いでしょう。楽しくないと大人食育は続きません。ぜひ施策をエンタメ化してみましょう。
これらは、社員に行動を強制するものではなく、「自然に選べる状態」をつくるための工夫です。体験をきっかけに、日常の選択肢が変わることで、食行動は無理なく継続していきます。

「体験」を伴う食育は行動変容につながりやすい
食育体験や農業体験が企業施策として注目される理由は、知識のインプットにとどまらず、感覚や感情を伴う学びが得られる点にあります。
畑で土に触れ、作物の成長を見て、収穫した野菜を手に取る体験は、「食べ物がどこから来るのか」「なぜ無駄にできないのか」といった問いを、自然と参加者の中に生み出します。こうした体験は、講義形式のセミナーとは異なり、正解を押し付けるものではありません。参加者一人ひとりが、自分なりの気づきや価値観を持ち帰ることができるため、行動変容につながりやすい特徴があります。
また、農業体験や加工・流通の現場見学など、食のフードチェーンを実際に見る体験は、食材や食品に対する見方を大きく変えます。「旬」「産地」「流通」「価格」といった言葉が、抽象的な知識ではなく、実感を伴う理解へと変わるのです。
企業にとっても、こうした体験は健康経営やウェルビーイング施策の一環として位置づけやすく、従業員同士のコミュニケーション促進やエンゲージメント向上にも寄与します。単なる福利厚生イベントではなく、「働く人の価値観に働きかける機会」として設計できる点が、体験型食育の大きな魅力と言えるでしょう。
国の施策とも重なる「大人の食育」の流れ
農林水産省が進める食育推進施策では、近年「大人の食育」や「職場における食育」が明確に位置づけられています。
また、健康経営の文脈においても、食生活の改善は重要な評価項目の一つです。
体験型の食育や農業体験は、こうした国の方向性とも親和性が高く、企業の取り組みとして非常に合理的だといえるでしょう。
企業が「大人の食育」の情報収集に動き始めた
2025年は、食育実践優良法人認定の開始が発表されるなど、制度面での動きも注目されました。
実際には、
・どのような取り組みが評価につながるのか
・どの程度の負荷やコストがかかるのか
・自社に合う形はどこにあるのか
・他社はどのように食育を行っているのか
といった点を慎重に見極めるため、情報収集フェーズに入った企業が増えたのが2025年と捉える方が自然です。健康経営と同様に、最初から完成形を目指すのではなく、段階的に検討する企業が多いことが、2025年の特徴の一つでした。
まとめ|体験から始まる大人の食育が企業を変える
大人の食育は、「知識を教えること」ではなく、「行動が変わる環境をつくること」です。
セミナーや講座による気づき、体験による納得、そして日常を支える食環境。この3つが揃ってこそ、食育は実効性を持ちます。
社員が体験を通じて食を見直し、日常の中で自然に行動を変えていく。
その積み重ねが、個人の健康だけでなく、企業全体のウェルビーイングや活力につながっていきます。
これからの企業に求められるのは、「伝える食育」から「体験し、続けられる食育」への転換なのかもしれません。
